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zoom RSS 「平和に対する罪」と「人道に対する罪」

<<   作成日時 : 2009/03/01 14:25   >>

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「東京裁判」なんとなく聞いたことがある人も多いと思われます。
正式には「極東国際軍事裁判」と言いますが、はっきり言って復讐裁判でした。
「平和に対する罪」とは?「人道に対する罪」とは?侵略者が何を言うか、と言いたい。
歴史は戦勝国が作るものらしい。
しかし、裁きに参加した結果、良心の呵責に悩む人もやはりいたようです。人間として当然ですが。
そんな方々の言葉です。


東京裁判はいくつかの重大な誤判を含むのみならず、全体として、復讐の感情に駆られた、公正ならざる裁判だった。

キーナン(極東国際軍事裁判首席検事)



我々は戦争法規を擁護する為に裁判をしているはずだったのに、連合国が戦争規を徹底的に踏みにじった事を、毎日見せつけられていたのだから、それは酷いものだった。

もちろん、勝者と敗者を一緒に裁く事は不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復讐劇だと言ったのはまさに正しかった。

レーリンク(極東国際軍事裁判蘭代表判事)



日本は西洋諸国の植民地を解放した罪によって罰せられたが、その四半世紀もたたないうちに、1960年(昭和35年)に国連が植民地を保有することを不法行為であると宣言し、その後、国連総会が植民地の保有を犯罪として規定すらした。

レーリンク(極東国際軍事裁判蘭代表判事)



この裁判は歴史上最悪の偽善であった。このような裁判が行われたので息子には軍人になることを禁ずる。

ウィロビー(GHQ参謀第二部長)



東京裁判をもう一度傍聴したら、必ず病気になる。

マクホン・ボール(メルボルン大学教授)



要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

・・・・私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。

それを私は判決文の中に綴った。

その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。


あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。

あやまられた歴史は書き変えなければならない。

(昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)

ラダ・ビノード・パール(インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士)



裁判官パール氏の主張が絶対に正しいことを、私は全然疑わない。

ハンキー卿(英国枢密院顧問官)




裁判官パール氏、ご存知の方も多いかとおもいます。
東京裁判で唯一、日本無罪の判決を下した判事です。

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