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zoom RSS 硫黄島の話

<<   作成日時 : 2009/12/09 12:59   >>

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 私も参加しておりますソーシャル・ネットワーキング「SNS FreeJapan」にて、心に染みる記事がありましたので紹介させて頂きます。

以下、引用開始

●●さんの日記(全員に公開)

みなさんに御願がございます。

まずこれを読んでください。
「硫黄島の話。

硫黄島は「いおうとう」が正しい読み方である。
「いおうじま」という読み方は、日系のアメリカ兵がその読みの音を知らず、「いおうじま」と読んだことがきっかけだったそうで、つまり、「いおうじま」はアメリカ側の読み方だ。
したがって、日本人は「いおうとう」と読むべきなのであろう。

硫黄島は東京都小笠原村にある。
つまり、日本の島だ。
しかし、なぜか一般の日本人は硫黄島に行くことができない。

それなのに、映画「硫黄島からの手紙」の撮影ためにクリント・イーストウッドらは硫黄島に入ることができた。
その理由を防衛省は、「アメリカの国務省が要請してきたから」だと言う。
しかし、日本の領土にアメリカは関係ないはずだ。

先の戦争時、硫黄島には日本人兵士2万1千人が派兵された。
この時戦争は末期だったため、ほとんどの人が職業軍人ではなく、元は一般の方々だった。 
その2万1千人のうち、無事生還出来た者はたったの1033人。
お骨として帰って来た者は8千人ちょっと。
残りの1万人以上の日本人の骨がまだ埋まったままだ。
しかも、彼らは今の多くの日本人に忘れられている。

アメリカ軍は硫黄島を占領した後、たくさんの日本兵の遺体の上にそのままコンクリートを流し、滑走路を敷いた。
戦後から23年後、アメリカから返還された硫黄島は自衛隊が管理することになり、埋もれた彼らの骨を拾うためその滑走路は、ずらされた。
しかし、完全にずらしたわけではなく、元の位置と大部分が重なるため、まだたくさんの骨がそのままである。
自衛隊機や硫黄島に来る飛行機は、今でも彼らの骨の上で離着陸をおこなっているということだ。

硫黄島には、日本兵たちが掘った地下壕がある。
その地下壕は、手のひらの長さぐらいの大きさしかないトンカチなようなもので掘られた。
1日に1メートルしか掘り進めなかったそうだ。
しかも、硫黄島は地熱や島の位置などから、時には気温が60℃を超える。
連続した作業は5分も続かなかったそうだ。

その壕は入り口から奥までは狭いが、奥の空間はちゃんと人が立てるぐらいの広さがある。
奥までの狭い通路は曲がっていたり、側面には穴がいくつか掘られている。
これは米軍の攻撃が壕の奥にまで届かないようにするためだ。
側面の穴は火炎放射器の火炎の抜け道になる。

栗林中将(映画「硫黄島からの手紙」で渡辺兼氏が演じた役)は、部下たちに「自決」と「万歳突撃」の禁止を命じた。
これには部下たちから批判が続出した。
なぜなら、硫黄島が陥落されることは、みんな分かっていた。
であれば、潔く最期を遂げるのが、日本兵の武士道ならではの習わしだったからだ。
特に捕虜になることは恥ずべきとされていたからである。

しかし、栗林中将には考えがあっての命令であった。
硫黄島はアメリカの軍事戦略上、重要な島であった。
なぜなら、アメリカにとって、硫黄島は日本への本土爆撃のための拠点として必要だったからである。
とすれば、硫黄島の陥落が一日伸びれば、一日爆撃が遅れる。爆撃が一日遅れれば、その一日分、日本国民の命が救われる。
したがって、潔く死なずにできるだけ粘る方が良い。

栗林中将はみんなをそう説得し、日本国民を護るために戦っている日本兵は納得した。

そして、硫黄島の陥落をアメリカは5日間を予定していたが、日本軍の奮闘で36日間もかかった。
31日分の日本人の命が救われた。
その救われた命は誰の命だろう。

陥落されると分かっていながら、灼熱の60℃の中で地下壕を堀り、蒸し風呂状態の壕の中でじっと耐え、武器を持って、強力なアメリカ軍に立ちはだかった。
これは生半可な気持ちでできるわけがない。
なんのために、日本兵はここまでしたのか。
それは決まっている。
本土にいる女・子供のため、我々の未来のため、つまり私たちのためにやったのだ。

その彼らが命を懸けて護った日本は今どうなっているのか。
親が子を殺し、子が親を殺し、仲間をいじめて自殺に追い込み、連日のように異常な犯罪ニュースが流れ、大した事件でも何も感じなくなってはいまいか。
個人主義がはびこり、自分にしか興味がなく、自分の為にしか生きていない。

硫黄島で散った兵士たちは我々をどう見ているだろうか。

我々がこの日本をどんな国にするのか。
我々がやらなければならない。

アメリカ兵の遺族は国費で慰霊のために硫黄島を訪れることができる。
また遺骨のほとんどがアメリカに帰ることができたそうだ。

しかし、日本の遺族は硫黄島まで自費で行くか、ボランティアの援助しかなく、多くの遺骨が埋まったままだ。

クリント・イーストウッドは、「硫黄島からの手紙」の撮影の際、日本人スタッフらに硫黄島での戦いについて尋ねた。ところが、日本人スタッフは誰もその実態を知らなかった。
クリント・イーストウッドは大変驚いたそうだ。

硫黄島の戦いは、日本が圧倒的に不利でありながら、日米間でもっとも激しい戦いで、唯一米軍の損害が日本の損害を上回った戦いだった。
そんな戦いをした栗林中将にアメリカは尊敬をしていたからだ。
そのため硫黄島はアメリカにとって日米戦の勝利の象徴になっていた。

硫黄島から生還された方に、金井啓さんと言う方がおられる。今年83歳の元海軍下士官だ。その金井さんに、独立総合研究所の青山繁春氏がこんな質問をした。

「日本は悪者だったと教えられたため、日本人はみんな無関心になってしまったのでしょうか?」

すると、戦後多くをずっと語らずにいたという金井さんが、

「その通りだよ!俺達のどこが悪者なんだ。あなた方を守るために私たちは闘い、みんなは死んだんだ!」

そうして、次のように語った。

「帰って来てから水のことが忘れられない。地下壕でじっとしている間、タンクにある水だけが頼りだった。仲間が死ぬ寸前、水をくれというので、水と言っても60℃ぐらいありますから熱湯です。その水を末期(まつご)の水として、仲間の口にあててやるんです。そうすると熱湯だから唇が腫れるんです。だから、今はキンキンに冷やした水を仏壇に供えてやっているんです」

栗林中将は戦闘で斃れる間際このような短歌を詠った。

『国の為 重きつとめを 果たし得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき』

金井さんは青山氏と別れるとき、小さく海軍式の敬礼をした。 」

どうか、みなさんこれを見てください。










どうか最後まで見てください…
みてくれた方で関心を持ってくれた方が一人でもいたら、
御水を南に捧げて祈ってください!

そして、民主党に「硫黄島の遺骨収集はどうなったんだ?」
とメール送ってください!

私はもう送りました。

これは右でも左でもありません。
「人間として感謝できるかできないか」の話です。
感性の問題です。


どうか何卒よろしくお願い申し上げます。
私の硫黄島のブログ。
http://d.hatena.ne.jp/hyuga226/20090830



 この記事の中でも触れている「硫黄島からの手紙」という映画の中で、「一番よいのは、この島を海に沈めてしまうことだ」という台詞がありました。硫黄島を占領されるということは、日本に対する空爆の拠点を米軍に与えてしまうことになります。玉砕を禁止し、一日でも長く硫黄島を守り続ければ、それだけ日本人が多く生き延びられることになる。そして、守備隊の英霊達が一日でも長く守ってくれたお陰で、今の私の存在があるのかも知れません。

 この記事を読んではじめて知ったのですが、硫黄島へ行くのは困難なんですね。今年の皆既日食のとき、NHKが硫黄島から中継していましたが、そのときの硫黄島の風景が忘れられません。砲撃で破壊された船舶の残骸が、いまだ残されたまま・・・。(GoogleEarthでも確認出来ます)
 日本の領土だというのに、なぜなんでしょうか。もし行くことができるのならば、英霊達に感謝の祈りをささげたいと思います。

 「硫黄島からの手紙」と「父親達の星条旗」を見ましたか?この二つの映画は、日本とアメリカ両方の視点から描かれた映画ですが、多少の脚色はあるものの、非常に良く出来た映画だと思います。映画「パールハーバー」のような侮日映画ではなく、お互いの視点から正しく描かれた秀逸な作品です。クリント・イーストウッドの映画は以前から好きなのですが、この作品は特にお勧めです。(次点はスペースカウボーイかな


 戦前世代の方々にお願いがあります。

「その通りだよ!俺達のどこが悪者なんだ。あなた方を守るために私たちは闘い、みんなは死んだんだ!」

 上の一文ですが、多くの日本人が英霊達は悪者だと教え込まれています。子供や孫にもっと語ってください。私の父も戦前世代なのですが、当時のことを語ってくれたことはあまりありません。恐らく、眞相箱などのGHQによる嘘の宣伝の影響だとは思いますが、本当の当時を語れるのは、経験者である「戦前世代」の方々だと思います。若輩者である私が偉そうなことを言っていますが、このまま誤解されたままでよいですか?是非誤解を解いてください。




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内 容 ニックネーム/日時
 クリント・イーストウッドの映画は『ダーティ・ハリー』は大好きなのですが、その映画は見てません。
 今度、レンタルで借りて見てみます。

 「その通りだよ!俺達のどこが悪者なんだ。あなた方を守るために私たちは闘い、みんなは死んだんだ!」
 なんとも言えない気持ちになります。
 日本の戦争は悪であったと、多くの日本人は教えられていますが、しかしあの時戦ってなければ、日本はどうなっていたでしょうか?
 困ったものですね。


 
吉桜
2009/12/09 17:19
吉桜殿

 多くを語らないのが日本人の美徳とも言いますが、語らな過ぎであると思いませんか・・・。

あの時、先人達が戦ってくれなかったら、本当にどうなっていたのでしょうね。今のこの生活は当然ないでしょうね。

私は祖父を知らないのですが、祖父や祖母が御健在の方々は逆にこちらから聞いて見るというのはどうでしょうか。
t
2009/12/09 21:33
はじめまして。私もこの講演を聴きに行きました。。
硫黄島は日本の領土で、遺骨が大体どこに埋まっているのかも分かっているはずなのに。
みんな私たち子孫が亡国の民とならないようにと命を賭けて戦ってくれたのに、その子孫である私たちは彼らを悪人と教えられ、公には感謝することさえ遠慮しなければならないというのは本当に恩知らずで申し訳ないことです。
私の祖父は、大正7年生まれ、中島飛行機で働いていたこともあって、戦時中は飛行機整備士として二度、満州のほうへ徴兵されました。血気盛んで、日本を絶対に守らなくてはならんと思っていたと。主に馬賊と戦ったと言っていました。飛行機乗りであったら帰ってこられなかっただろうと。しかし、戦後にアメリカ兵との兵力の差を知り驚いたと言っていました。ブーツ一つとってもヘルメット一つとっても。よくやろうと思ったもんだと。
黒猫
2009/12/11 10:59
黒猫さん
はじめまして。
今年の皆既月食の中継を見て以来、なぜか硫黄島が気になって仕方がありません。中継を見てから即、硫黄島からの手紙を鑑賞したり、GoogleEarthで硫黄島を眺めたりしていました。何でしょうね・・・呼ばれているのでしょうか。
この記事を書いた方のブログに書いてありましたが、麻生政権のときに、硫黄島の滑走路の下に眠る遺骨を掘り出すことが決まっていたらしいですね。残念な結果となってしまいました。民主政権では、英霊達の遺骨など眼中にないでしょう。
>>その子孫である私たちは彼らを悪人と教えられ、公には感謝することさえ遠慮しなければならないというのは本当に恩知らずで申し訳ないことです。
覚醒した日本人が、我々の後に続く者たちに日本の誇りを伝えていきましょう。そして、子孫のために戦ってくれた偉大な先人たちがいたという事も。我々の世代で変えていきましょう。
御祖父様は中島飛行機に勤務なされていたのですか。そして航空整備士として満州へ徴兵とは。私も一度お話を伺ってみたいものです。「我等総兵士ナリ」国民が一体となって国を守るために戦ってくれていたのですね。先人には感謝の言葉がありません。
t
2009/12/11 23:43
泣きました・・・・・・・・・・
かかさん
2009/12/18 10:52
かかさん殿

先人たちにはいくら感謝しても感謝し足りないですね。
この記憶を後世に伝えていくことが、先人たちへの恩返しになるのではないでしょうか。そして正しい歴史を取り戻し、日本人を目覚めさせましょう。
目覚めた日本人の勢いは止まりません。このまま日本は覚醒することでしょう。

2009/12/18 20:22

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